愛される働く女性の魅力-2-
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作成日時 : 2008/12/02 00:03
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愛される働く女性の魅力-2-
〜心豊かな輝く女性を目指して〜
女性に期待される五つの役割
@責任、仕事を果たす社会人
Aよき母親
B魅力的な妻
C聡明な主婦
D心豊かな女性自身
私の生きる道
○キャリア・ウーマンとしての始まり
私がキャリア・ウーマンとして企業社会という男性社会にチャレンジしたのは、1955年(昭和30年)わずか女性二人で始めた広告会社、これが日放株式会社の始まりでした。
私が、日放をつくることになったのは、厳しい終戦後、夫の収入だけでは満足に子供にミルクを与えるのもままならない。
このままでは親子ともども道連れに心中するしかない、という経済状況まで追い詰められたことがきっかけでした。
私は他人に甘えることなく、私自身の力で努力をし、何かの収入を得る道を得ることが先だと考えました。
そこで、まずは後に、日放を一緒に創立することになる島津朝子さんと、ネクタイを作り売る事を始めました。
手作りネクタイはありがたいことに、鹿児島の山形屋のデパートや銀座の和光やマツムラにも置いていただけるという順調な滑り出しを見せます。
しかし、しばらくすると安い機械織りのライバルの出現という困難にぶつかってしまいました。
こんな時に運命の出会いを果たしたのが、東京都民銀行の故工藤昭四郎頭取という方でした。
彼は私の「注文のネクタイを何本かでも10日目にお届けにあがります」といえば、必ず9日目には持ってくるという真剣さを、ひそかに健気に思って気にかけて下さったのでした。
私は、困難を前にし、工藤頭取に「お世話になっていますが、ライバル機の出現でうまく続きそうにありません」とある時、勇気を持って申し上げました。
すると工藤頭取は『民間テレビが近々スタートすることになる。これにともなって、新しい職業も生まれるだろう。たとえばアメリカにはテレビやラジオの広告エージェントというのがあって、広告のいっさいをとりしきっている。新聞の広告とはちょっと違う様子になると思うが、あなた方みたいに本を読むのが好きな人たちなら、やれる道があるかもしれない。どういう仕組みで仕事になるのかはわからないが、日本経済を立て直す役割の一端を担うものとして、可能ならやってみてはどうです。検討してごらんなさい』と言われたのです。
これが、私達があらたな広告業という道を開くきっかけとなったのです。

線香花火ならやめなさい!
●故工藤昭四郎東京都民銀行頭取と。
税所百合子(さいしょゆりこ)/本名:石渡百合子(いしわたり)
プロフィール
1926年8月16日 東京生まれ
1944年東京女学館卒業
○職歴○
1955年 日放株式会社(広告会社)設立
1977年 同社取締役名誉会長就任
1984年 同社退社
1978年 ユリ・インターナショナル株式会社設立 代表取締役就任
(コンサルタント業務。社員教育事業)
1997年−1997年
パイロットインターナショナル日本ディストリクト・ガバナーに就任
2000年 ユリ・インターナショナル・オフィス代表
○主な役職○
パイロット・インターナショナル・クラブ米本部理事、日本パイロット・クラブ審議会長、東京パイロット・クラブ会長(3回)、日本婦人放送者懇談会(SJWRT)会長、東京商工会議所商業部会常任委員(3年間)、同婦人部会相談役、文部省産業教育審議会委員(3年間)、東京都文化賞選考委員、外務省海外移住審議委員、
ピーエル・カルダン・ジャパン顧問などを歴任、数々の国際会議にも日本代表として出席、女性の国際協力推進、社会的地位向上のために尽力
○主な賞○
1968年 ロサンジェルス名誉市民賞
1970年 ディール・カーネギー英語コースのエクセレント賞
1981年 ジャパン・ソサエティ・ボストンよりグッド・スピーカー賞
1985年 経済界大賞フラワー賞
1986年 ミネアポリス名誉市民賞
1987年 セントポール名誉市民賞
1988年 ジ・エンジェル・アワードより国際エンジェル賞
1989年 メイコン名誉市民賞
1998年 パイロット・インターナショナル・オナーウォール個人賞
○著書○
・キャリアウーマン訳書(1978年4月 サイマル出版)
・女子学生の人生テーマ(1979年10月 主婦と生活社)
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